● 出自:日本、「御伽草子」「大江山絵詞」「酒伝童子絵巻」謡曲「大江山」 古浄瑠璃、歌舞伎「酒呑童子」 別名:大江山の鬼、酒天童子・酒典童子とも書く 同一:─ 前神:─ 字義:─ 容姿:顔が赤く人間の数倍もの背丈を持つ鬼。 「御伽草子」によると、うす赤い顔、切りたらした髪型、大人以上に大きな背丈を持つ 「大江山絵詞」によると、胴と頭が赤、右足が黒、左足が白、右手が黄、左手が青色 五本の角と十五の目を持ち五丈程の大きさ 丹波国大江山で暴れていた鬼。 多くの眷属を従え、京の町から人をさらっては食べていた。 陰陽師安倍清明の占術で「大江山に棲む鬼王の仕業である」と判明した為、 源頼光と四天王が退治する事になった。 源頼光と四天王は山伏に変装して酒呑童子の館へ侵入した。 酒呑童子の手下の鬼達に歓待され、酒宴を繰り広げた。 鬼達が酔いつぶれて眠ってしまうと、源頼光達は酒呑童子の寝室へ忍び込んだ。 酒呑童子は寝転んで女達に身体を揉ませている所だった。 隙をついて源頼光が首を跳ね飛ばすと、首は頼光の兜に噛み付いた。 渡辺綱と坂田金時が首の両目を突いて、とどめをさした。 その首は西京区大枝の老ノ坂に首塚大明神として祀られている。 童子のさらった京一番の美人とうたわれた姫は童子の死を悼み、京には戻らなかった。 童子は人望厚く、彼の命日には「鎌止め」と言って刃物を一切使わず童子を供養した。 奈良の白亳寺に伝わる話によると、昔夜な夜な人を襲って食べる稚児がおいた。 これが後に酒呑童子となった。 新潟県西蒲原郡岩室村にも酒呑童子の出身地とする伝説がある。 童子屋敷や童子田と言う地名が残っている。 青森県五所川原市ではのみやしらみは酒呑童子が殺された時の血が化した物とした。 |