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牛御前(うしごぜん)
出自:日本→関東地方、「丑御前伝説」「吾妻鏡」「新編武蔵風土記稿」
別名:─
同一:牛鬼
前神:─
字義:─
容姿:牛の角、の顔を持つ女性
家族:「丑御前伝説」によると、父に多田満仲、きょうだいに源頼光

牛鬼の一種。
「丑御前伝説」によると、牛の角、の顔を持つ娘が生まれた。
驚いた父であり時の将軍多田満仲は殺害を命じる。
娘を哀れに思った須崎と言う女官は娘を救い出し、山中で密かに育てる。
娘は長じて牛御前となった。
牛御前の生存を知った満仲は怒り、息子源頼光に牛御前の始末を命じる。
この仕打ちに牛御前は激怒し、逃げ延びた関東で徹底抗戦を続ける覚悟を決める。
乱戦の末、牛御前は隅田川に身を投げる事によって身の丈十丈の牛鬼へと変身。
頼光軍を全滅させた。
牛御前が暴れ回ったのは今の浅草の辺り。現在、丑御前社が佇んでいる。

「吾妻鏡」によると、1251年北条時頼の時代、武蔵国浅草寺に牛の様な妖怪が現れた。
寺の中に入り込み、食堂に集まっていた僧50人の内24人が毒気にあてられた。
その内7人の僧は即死したと言う。

「新編武蔵風土記稿」によると、浅草川(隅田川)から牛鬼の様な妖怪が飛び出した。
寺を走り回った後、近くの丑御前社に一つの玉が落としてあった。
現在、この牛玉は浅草寺の傍らにある丑御前社(現牛島神社)の社宝となっている。